「猫と一緒に入居できます」そんな特養が本当にあるの?「福寿の里」施設長・小田美津子さんインタビュー

できることなら最期のときまで、大好きな猫と暮らしたい――。愛猫家であれば、誰もがそう願うだろう。同時に、「この子をちゃんと見送りたい」とも。
核家族化や少子化が進んだ現代では、このふたつを両立することがとても難しくなっている。それゆえに愛猫家たちは、60代に差し掛かるころ、ふと立ち止まる。「この子を見送ったら、次の子は迎えないほうがいいかもしれない」と。
けれど、猫とのふれあいは孤独を癒し、単調になりがちな生活に刺激をくれる。猫にとっても、穏やかな高齢者との暮らしは安心できるだろう(もちろん性格によるけれど)。
何より、高齢だからといって猫と暮らす幸せを諦めるのは、切ない。
そんな想いに応えるように生まれた、高齢者と猫がともに暮らせる場所が、埼玉県狭山市にある。特別養護老人ホーム「福寿の里」だ。
猫と餃子と、おばあちゃんたち

朝の慌ただしさも落ち着いた、午前10時すぎ。福寿の里の一角、10名の入居者が猫と暮らす「神無月ユニット」にお邪魔すると、リビングの大きなテーブルでは、餃子作りの真っ最中だった。おしゃべりに花を咲かせながら、餃子のあんを包んでいく、数人のスタッフとおばあちゃんたち、おじいちゃんたち 。広々と明るく、心地良い空気が流れていて、思わず肩の力が抜ける。
中庭に面したところには、2階建てのケージとキャットタワー。タワーにあるハウスの奥からリビングを眺めていたのが、ここで暮らすキジ白の女の子・ミーちゃんだ。
ホーム猫のミーちゃんは、坂上忍さんが運営する保護ハウス「さかがみ家」から昨年秋に迎えた保護猫。野良出身とあって警戒心が強く、抱っこはまだ難しいのだが、初対面の私たちにも撫でさせてくれるほど大人しい。
「ミーちゃんは初めて迎える猫だったので、私たちもスタッフみんなで『やんちゃすぎると、脱走の危険があるかも』『入居者様にケガをさせてしまったら大変だし』と話し合いましたね。さかがみ家の番組や動画もたくさん見て、あの子がいいんじゃないか、この子がいいんじゃないかって。その上でさかがみ家のスタッフさんにご相談して、福寿の里も見に来ていただいて、大人しいミーちゃんがいいんじゃないかと決まりました」
穏やかな声で話すのは、施設長を務める小田美津子さん。この犬猫ユニットを発案し、立ち上げた人物だ。
始まりは高齢者とペットの“別れの声”

元々は、同じ系列である尚寿会グループの病院などで働いていた小田さん。数年前に福寿の里の施設長に就任し、施設内にある地域包括支援センターにも関わるようになったことで、高齢者とペットの問題を目の当たりにした。
「地域包括支援センターって、地域の高齢者の相談窓口なんですよ。するとやっぱり、入院・入所でペットを手放さなきゃいけなくて困っているという話が聞こえてくる。中にはそういうペットを預かっている職員もいて……。そういう状況を知って、社会福祉法人として自分たちに何かできることはないかと調べ始めたのが、立ち上げのきっかけでした」
そして見つけたのが、神奈川県横須賀市にある「さくらの里山科」の取り組み。2012年、日本で初めて生まれた、ペットも一緒に暮らせる特別養護老人ホームだ。福寿の里は、2022年に生まれた熊本菊陽町の「音ねの森」に続き、全国で3施設目。
新聞などの大手メディアで、高齢者のペット飼育を巡る問題が取り上げられるようになった今もなお、ペットと入れる特別養護老人ホームは、非常に少ない。
これだけ少ないのは、やはり特殊な難しさがあるのだろうか?
※特別養護老人ホーム:社会福祉法人や地方自治体が運営する公的施設で、原則として「要介護3」以上の認定を受けていることが入所条件。低価格で利用でき、看取りも対応可能な施設がほとんど。一方、ペット可の施設もある「有料老人ホーム」や「サービス付き高齢者向け住宅」は民間施設。
導入の難しさは、ハード面ではない

「でも犬猫ユニットを立ち上げるにあたって、建物の改築などは特に行っていないんですよ。元々福寿の里はユニット型(10名前後の少人数で生活する、居室中心のスタイル)で、ユニット同士は扉や廊下で離れているので、動物が苦手な方は会わずに暮らせます」
ちなみに犬ユニット(長月ユニット)では、人懐っこいゴールデンレトリバーの保護犬・ココちゃんが暮らしている。直接外に出られる外階段もあるので、散歩の動線も問題なし。脱走予防にも十分な環境が整っていた。
「行政とのやり取りも大変でしたが、もっとも力を入れたのは、ご入居者様とご家族、そして職員の理解を得るところでした。ほとんどの方は『素晴らしい取り組みですね』と喜んでくださったのですが、やっぱりワンちゃんや猫ちゃんが苦手な方もいらっしゃいますし、アレルギーの方もいらっしゃいます。でも、私たちが社会貢献や動物福祉についてどんな考えを持っているかを説明させていただいて、ご理解を得ることができました」
そして、元々暮らしていた100名の入居者のうち、動物と暮らしたい希望者20名が犬猫ユニットにお引越し。70名以上の現場スタッフからも丁寧に希望を聞き取り、犬猫ユニットでの勤務を希望した職員だけが配属されている。
「お世話の仕事は増えましたが、むしろ求人には以前より応募が増えたくらい。元々動物好きで飼っているスタッフも多いので、楽しんで働いてくれていると思いますね」
写真:スタッフの皆さんの手作りのキャットウォーク。コロナの際のアクリル板を再利用している
1匹の猫がもたらした、大きな変化

昨年から犬猫ユニットが始まったばかりの福寿の里には、まだ個人が飼っているペットはおらず、施設で飼っているホーム犬・ココちゃんとホーム猫・ミーちゃんだけ。それでも入居者たちには、大きな変化が現れている。
「ココちゃんを見ていると『やっぱり犬ってすごいな』と思うことが多いですが、猫ユニットの入居者様にも色々な変化がありますね。元々皆さん、猫が好きで飼われていたので、『猫がいる』というだけで嬉しいんです。この間、ミーちゃんがワクチン接種に出掛けて帰ってきたら、『えらかったねぇ』ってみんなで褒めていて。そんなに心配していたんだ……と驚きつつ、一緒に暮らす“家族”なんだと実感しました」
ココちゃんもミーちゃんも、各ユニット内はリビングも居室も出入り自由。寝静まった頃になると、居室にミーちゃんがこっそり入ってくることもある。居室を覗かせてもらうと、チェストの足元にねこじゃらしが付いていたり、小物入れからねこ用おもちゃが覗いていたりと、ミーちゃんをおもてなしする工夫が溢れていた。
「寝るときに少しドアを開けている方もいれば、ミーちゃんのためにラグを編んだり、おもちゃを作ったりする方もいて。何より、入居者様同士の会話がすごく増えたんです。どうしても暇なので、以前はテレビくらいしか話題がなかったのですが、今では『ミーちゃんが昨夜、部屋に来たよ』『トイレに起きたら遊んでたよ』と、会話が弾むようになりました」
暮らしの中に、猫がいる――ただそれだけのことが、こんなにも心を躍らせ、目を輝かせてくれるとは。自身も猫を飼っている小田さんにとっても、入居者たちの変化は驚きだった。
写真:ミーちゃんのラグは入居者さんの手作りのもの
保護猫を迎えることの意味

ところで前述の通り、ミーちゃんは保護猫出身。ココちゃんも静岡の一般家庭からやってきた保護犬だ。
「“ペットと一緒に入居できる”というコンセプトが第一ですが、新しい入居者様が入るまで動物がいないのも寂しいので、じゃあホーム犬・ホーム猫を迎えようとなったんです。そこで社会貢献や動物福祉の視点から、保護猫や保護犬を受け入れようと考えました。私が自分でも保護猫を飼っているので、自然とそういう発想になりましたね」
また、福寿の里にある地域包括支援センターでは、狭山市と協働している保護猫団体「さやま猫の会」を招いて、高齢者のペット飼育や多頭飼育について講演会を開催。困ったときは気軽に相談してほしいと、地域へアナウンスしている。
「保護団体の方々には、本当に頭が下がるばかりで、私も何かできることがないかなっていつも考えるんですよ。いろいろな制約はありますが、協力して何かできたらなと。この取り組みを通して色々な方とご縁がつながって、皆さんに協力していただければ、難しいことも乗り越えられると強く感じました。だからきっと、こうしてピースニャンコさんとお話しているのも、きっと大事なご縁だと思うんです」
猫との暮らしを、選べる社会へ

さて小田さんたちには、今、計画していることがある。2匹目のホーム猫のお迎えだ。
「ミーちゃんも落ち着いてきたし、私たちも受け入れる環境や体制が整ったので、猫は早めに2匹目を迎えたいと考えているんです。ミーちゃんとの相性は心配なので、そこは慎重に決めるつもりですが。ミーちゃんみたいに猫らしい猫もかわいいけど、お膝に乗ってくれる子もいると、セラピー的にもいいと思うんですよ」
他にも、猫がどこにいるかと目で追ったり、撫でるために手を動かすだけでも、高齢者にとってはリハビリのような効果があるだろう。何より猫が2匹いたら、毎日の話題に事欠かない。
「きっと、ますます皆さんお元気になりますね。特養は“終の棲家”ですから、なかなか次の入居者様を受け入れられないので、うち以外にもペットと入れる特養が増えてほしいなと思います」
今は満員の福寿の里だが、いずれ愛猫や愛犬を連れて入居する人も現れるだろう。もし飼い主が先に旅立っても、その子はホーム猫・ホーム犬として受け入れる予定だという。ペット入居可能な民間施設(有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅)でも、飼い主の逝去後は、誰かが引き取る必要があることがほとんど。しかしここなら、遺される猫や犬も、暮らし慣れた環境で愛されながら過ごせる。愛猫家や愛犬家にとって、こんなに安心できることはない。
猫とともに生き、最期までそばにいる――。
その想いを形にした「福寿の里」の挑戦は、この記事を届けているピースニャンコをはじめ、動物福祉の輪に関わる多くの人たちとのつながりの中で、これから少しずつ広がっていくはずだ。
取材・執筆 熊倉久枝
編集者、ライター。編集プロダクションを経て、2011年よりフリー。インタビュー記事を中心に、雑誌、WEBメディア、会報誌、パンフレットと多様な媒体の企画編集・ライティングに携わる。ペットメディア歴は、10年以上。演劇、映画、アニメ、教育などのジャンルでも活動。
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