チェシャ猫って、どんな猫?――物語の中の猫たち
大きな口でニヤニヤ笑って消えていく、不思議な縞柄の猫といえば“チェシャ猫”。エプロンドレスが愛らしい少女が、へんてこな世界に迷い込み、奇妙な冒険をする児童文学『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターです。
チェシャ猫は、刊行から160年経つ今でも新しいグッズが発売されるほどの、人気キャラクター。猫のキャラクターの中でもひときわ個性的な存在を、紐解いてみました。
あなたの“チェシャ猫”は何色?

ニヤニヤ笑いがトレードマークのチェシャ猫ですが、あなたのイメージでは何色ですか?
1 ピンク×すみれ色
2 茶×オレンジ(茶トラ)
3 シルバー×黒(サバトラ)
おそらく「1」を選ぶ人が多いかもしれませんが、1865年に発表された原作のチェシャ猫は「2」! 「1」は1951年公開のアニメーション映画『ふしぎの国のアリス』、「3」は2010年公開の実写映画『アリス・イン・ワンダーランド』のチェシャ猫の配色です。ポップなピンク×すみれ色のカラーリングは、東京ディズニーランドのグッズやパレードでもお馴染みですね。
ちなみに原作は茶トラ柄と言われていますが、実際の挿絵を見ると黒味が強いので、“キジトラ(茶×黒)”と感じる人も多いかも?
ピンク色の秘密――ディズニーが生んだ魔法

印象的すぎるピンク×すみれ色のチェシャ猫。これはディズニーのアニメーション映画で新しく生み出された配色です。
奇抜といってもいいあのカラーリングによって、チェシャ猫のイタズラ好きな遊び心や、つかみどころのない不思議さが、ひと目で伝わってきますよね。実際の猫にはありえない色なのに、キュートで謎めいた“猫っぽさ”にぴったりだと思いませんか?
アリスのモデルは実在した?

さて原作である児童文学『不思議の国のアリス』は、1865年に刊行された、ルイス・キャロルによるイギリス児童文学。“ルイス・キャロル”はペンネームで、本業はオックスフォード大学の数学教授! 作品全体に言葉遊びや謎解きが散りばめられているのも納得です。
そして“アリス”とは、彼が働くオックスフォード大学の学寮クライスト・チャーチの学寮長ヘンリー・リドルのお嬢さん。子ども好きだったキャロルは、リドル家の一人息子と三姉妹と友達になり、彼らと遊んだり、即興の物語を作って語っていました。
この『不思議の国のアリス』の元になったのも、そんな即興の物語のひとつ。1862年7月4日、アイシス川での川遊びで、三姉妹に向けて語られました。この不思議の国の冒険譚は、主人公のアリスのリクエストによって書き留められ、周囲からも評判に。そこで新しい章を加筆した上で出版され、今では50以上の言語に翻訳されています。
“ニヤニヤ笑い”だけを残して消える猫

『不思議の国のアリス』は、時計を持った白ウサギを追いかけて穴に落ちた少女アリスが、三月ウサギやおかしな帽子屋、トランプのハートの女王などに出くわし、次々とへんてこな出来事に巻き込まれていく物語。その中でチェシャ猫が登場するシーンは2回あります。
ひとつ目は、赤ちゃんを抱く公爵夫人の台所。かまどの前に座り、耳から耳まで届きそうな大口でニヤニヤしていたのが、チェシャ猫の初登場シーンです。それから外に出たアリスは、木の枝に座っていたチェシャ猫に道を尋ねますが、なんだかへんてこな返事ばかり。わかったようなわからないような屁理屈を言い、最後には“ニヤニヤ笑い”だけを残して、消えてしまいました。
ふたつ目は、ハートの女王によるクロケーの会。空中にチェシャ猫の頭だけが現れ、アリスがおしゃべりしていると、ハートの王と女王がチェシャ猫の首をはねるように言い出すのです。
本物の“チェシャ猫”はどんな猫?

チェシャ猫のモデルは、当時イギリスで広く飼われていた“ブリティッシュショートヘア”だと言われています。
ブリティッシュショートヘアは、1871年にイギリスのキャットショーで受賞したことから人気を博し、1890年代に猫種として公認された、歴史ある猫。がっしりした体つきに大きな丸顔が特徴で、貫禄ある姿をしています。上品なブルーの毛色のイメージがありますが、色も模様も多種多様。
特に愛らしいのが、口元のウィスカーパッド(ひげ袋)。ここがぷくっと丸くはっきりしているので、笑っているように見えるのですね。
なぜ“チェシャ”? 名前の由来と遊び心

もうひとつ、チェシャ猫の由来をご紹介しましょう。
「grin like a Cheshire cat」
これは18世紀後半から使われている、英語の慣用句。「(イングランド北西部の)チェシャ―地方の猫のように笑う」という言葉で、「わけもなくニヤニヤ笑う」「歯を見せてニヤニヤ笑う」といった意味です。
チェシャ―地方はキャロルの生まれ育った場所。そこで昔から言われている慣用表現をジョークとして取り入れて、キャロルは“チェシャ猫”を生み出したと考えられています。
ただしこの慣用句の由来については、いくつかの説があるものの、どれも「それらしい」の域を出ないもの。まさに作中のチェシャ猫のように、掴みどころがないのでした。
“猫なしの猫の笑い”は思わぬ世界にも

数学者のルイス・キャロルが作品全体に織り込んだ、数学的思考や科学的思考。そしてチェシャ猫自身の「猫はいないのに、笑いだけがある」という、不思議なありかた。ここから“チェシャ猫”という言葉は、様々な学術用語にも使われています。
有名なのは「量子チェシャ猫」という量子力学の言葉。近年、物理学者ヤキール・アハラノフによってこの現象が提唱され、「量子チェシャ猫」と命名されました。
この現象は「粒子の本体」から「粒子の性質」を分離できるという、私たちの直感とは反する理論。しかし、チェシャ猫の「体」と「ニヤニヤ笑い」が分離しているイメージを重ねたことでわかりやすくなり、広く話題になりました。
他に、神経学の分野には「チェシャ猫症候群」という言葉も。こちらは「症状があるのに所見がない」「所見があるのに症状がない」という状態を指しています。
チェシャ猫は宇宙にも浮かぶ!?

ところで、不思議の国ではなく夜空に浮かぶ“チェシャ猫のニヤニヤ笑い”を知っていますか?
そのチェシャ猫がいるのは、地球からおよそ46億光年先。2015年にNASAが公開した画像の中から発見された銀河団が「笑顔に見える」ということから、「チェシャ猫銀河団(The Cheshire Cat)」の愛称で呼ばれるようになりました。
画像を見ると、確かにチェシャ猫の笑顔! しかしその両目も鼻も、それぞれがひとつの銀河だというのだから、壮大なお話です。でもなんだか、スケール感さえおかしくなりそうなクラクラする感じ……チェシャ猫とアリスの会話のようだと思いませんか?
『鏡の国』の愛らしい子猫にも注目して

ちなみに原作『不思議の国のアリス』には、鏡からチェスの世界に入ってしまう続編『鏡の国のアリス』もあります。
こちらの物語は、アリスの飼い猫ダイナと2匹の子猫たち(ブリティッシュショートヘアだったかもしれませんね!)、そして猫たちと戯れるアリスの愛らしいシーンで幕開け。黒と白のイタズラ好きな子猫を相手に、豊かな空想力でとりとめのないおしゃべりを繰り広げ、いつしかアリスは鏡の中に入ってしまうのでした。
冒頭だけでなく、ラストも子猫とアリスの愛らしいやりとりで幕を下ろす『鏡の国のアリス』も、猫好きさんにおすすめの一冊。『不思議の国のアリス』で、つかみどころのない“チェシャ猫”の魔力を味わったら、ぜひこちらも開いてみてくださいね。
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