「猫の種類は数あれど」茶トラ猫編
以前、三毛猫を「和の光景が似合う猫」と書きましたが、茶トラ猫は「庶民の暮らしに寄り添う猫」かもしれません。昔ながらの路地裏で見掛ける、貫禄ある佇まい。つい気軽に話しかけたくなる、人懐っこい顔。そんな私たちに馴染み深い茶トラ猫の魅力を探ってみましょう。
日本でも世界でも愛される茶トラ猫

「茶トラ」とは、明るい茶(オレンジ)のベースに、濃い茶のしま模様が入った柄のこと。
日本では細かいしま模様(マッカレルタビー)をトラ柄と呼び、濃げ茶×黒だと「キジトラ」、シルバーグレー×黒だと「サバトラ」と呼ばれていますよね。
ですので、英語で茶トラは「茶(オレンジ)」ではなく「レッド・マッカレルタビー」。
「ジンジャーキャット」や「マーマレードキャット」なんて、おいしそうな名前で呼ばれることもあるそうですよ。海外でも茶トラ猫が愛されている様子が、呼び名からも伝わってきて嬉しくなりますね。
対照的なふたつのイメージ

さて茶トラ猫といったら、どんなイメージが浮かびますか?
私の場合は、対照的なふたつのイメージが浮かびます。
ひとつは、地域のボス猫。体が大きく、どっしりと構えた威厳のあるオス。猫の集会でも中心にいて、他の猫たちを従えていそうな風格の持ち主です。
もうひとつは、体は大きいのに甘えん坊な坊や。見た目は立派な成猫でも、飼い主にはべったりと甘え、撫でられるとゴロゴロとのどを鳴らす。そんな愛嬌たっぷりの茶トラ猫も、違和感なく想像できます。
私たちの暮らしに身近な茶トラ猫には、どうしてこういったイメージがあるのでしょう。
明るい毛色は人間と暮らしてきた証

この「ボス猫」と「甘えん坊」という、対照的なふたつのイメージ。いくつかの調査でも、「茶トラ猫は攻撃性・積極性・愛着性などが、他の毛色の猫より高い」という調査結果が報告されています。
これはずばり、茶トラ猫にオスが多いため、そういうイメージが強いのではないかと言われています。確かにどちらも、男の子に多い性格と言えそうですよね。
さらに去勢手術によって攻撃性が薄れると、愛着性や社交性が前面に現れ、積極性から物怖じしない甘えん坊に。人懐っこくて愛嬌たっぷりな茶トラ猫が多いのは、こういう理由のようです。
また野性の猫は元々、みんなキジトラでした。これは野性の環境では、キジトラ柄がもっとも保護色として優れていて、外敵や獲物から見つかりにくい柄だったため。
つまり茶トラのような明るい色柄の個体は、人間に守られるようになったからこそ、生き残れるようになりました。そういうわけで、自然と甘えん坊な子が多くなったのかもしれませんね。
茶トラ猫の8割はオス

茶トラ猫にオスが多いのは、偶然ではありません。なんと茶トラ猫の約8割がオスと言われています。
この理由は、毛色を決める遺伝子のしくみにあります。
茶色やオレンジの毛が生えるかを決めるのは、O/o(オレンジ)遺伝子。「O(顕性)遺伝子」を持っていると、黒メラニンが作られなくなるため、茶トラ柄が入る猫に。「o(潜性)遺伝子」を持っていると、黒メラニンが作られるため、黒やキジ柄が入る猫になります。
そしてこのO/o遺伝子。性染色体であるX染色体の上にあるのです。
猫も人間同様、X染色体をふたつ持つのがメス、X染色体とY染色体をひとつずつ持つのがオス。つまり、メスのO遺伝子は3パターンありますが、オスはたった2パターンのみ。
こうした理由で、オスのほうが茶トラ柄になる確率が高いのですね。
日本の茶トラ猫の歴史は浅い?

ところで私たちにとっておなじみの茶トラ猫ですが、実は日本に渡ってきたのは、意外なことに他の色柄の猫より遅いと考えられています。
「源氏物語」や「枕草子」にも登場するように、古くから日本人と暮らしていた猫たち。しかし平安時代に日本にいたのは、キジトラ、キジ白、黒、黒白の4種類のみだそう。
日本の絵画に茶トラ猫の姿が見られるのは、江戸時代以降。それ以前に茶トラ猫を描いた絵画は見つかっていないため、江戸時代以降にやって来たのではないかと言われています。
ちなみに、茶(オレンジ)の毛色の猫はアジア圏に多く見られ、ヨーロッパでは比較的少なめ。そのため、O/o遺伝子はトルコが発祥とも、中国が発祥とも言われているんですよ。
額のマークにまつわる言い伝え

茶トラ猫が少なめと言われるヨーロッパ圏ですが、イエス・キリストにまつわる素敵な伝説が伝わっています。
赤ちゃんだったキリストが、眠れずに泣き続けていたときのこと。聖母マリアが困っていると、1匹の茶トラ猫がキリストに寄り添い、ゴロゴロと喉を鳴らして慰めました。
その温もりに安心したのか、泣き止んで寝息を立て始めた幼いキリスト。
感謝した聖母マリアが茶トラ猫の額にキスをすると、マリアのイニシャルである「M」の字が残りました。(指で「M」と書いた、という言い伝えもあります)
今でも茶トラ猫の額に「M」に似た特徴的な模様があるのは、そういうわけなのだそうですよ。
キリストや聖母マリアも、私たちと同じように、小さな温もりに心を癒されたのですね。
映画界で活躍する茶トラ猫たち

さて、物怖じせず、人懐っこい茶トラ猫は、どうやら演技の世界にも向いているようです。
というのも、古今東西の有名な実写映像作品に出ている猫を調べてみると、茶トラ猫が非常に多い! その一端をご紹介してみますね。
たとえば“銀幕の妖精”オードリー・ヘップバーンの『ティファニーで朝食を』(1961年)。主人公ホリーの飼い猫であり、彼女自身の投影でもある「キャット」は茶トラ猫です。
ハードボイルド映画の元祖『ロング・グッドバイ』(1973年)では、私立探偵フィリップ・マーロウの気まぐれな飼い猫として、茶トラ猫が登場。出演する冒頭10分間は、猫の飼い主なら共感せずにはいられない、伝説的なシーンです。
邦画でも茶トラ猫が登場する作品は多数。2013年の『舟を編む』(実写映画版)では、主人公が暮らす昔ながらの下宿に、茶トラ猫の「トラさん」が。その堂々とした佇まいや主人公たちにそっと寄り添う姿が、作品の趣ある世界観を引き立てています。
また、イギリスで2016年に製作された、ノンフィクションを元にした映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』。こちらは俳優猫ではなく、実際のボブが出演して見事な演技を披露しています。茶トラ猫たちの溢れる才能には驚きですね。
まとめ

その明るい毛色と人懐っこい性格で、多くの人に愛されてきた茶トラ猫。その不思議な魅力を探ってみると、遺伝の不思議や映画での活躍まで、様々な姿が見えてきました。やんちゃで甘えん坊な茶トラ猫たちから、これからも目が離せませんね。
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