暗闇の中でも輝く星を、猫の器に託して。銀河釉 玉峰窯×ピースニャンコの挑戦
黒猫のネルソンくんが工房を案内してくれる動画で人気のYouTubeチャンネル「銀河釉 – GINGAYU – 玉峰窯」を運営する、佐賀の窯元「銀河釉 玉峰窯」。“銀河釉”という唯一無二の釉薬を持ち、世界的にも高く評価されている窯元だ。
その銀河釉 玉峰窯とピースニャンコのコラボ作品が誕生した。「ねこ丸豆皿・ネルソンタイプ」は既に発表され、現在は品切れ中。大きなバージョンの「ねこ丸皿・ネルソンタイプ」も完成し、佐賀県へのふるさと納税の返礼品として申込受付中だ。どちらも、モフモフな冬毛のネルソンくんが丸くなった姿を写し取ったシルエット。猫独特のまあるい愛らしさが見事に表現されていて、愛猫家なら誰もが心奪われるはず。
この2作品の誕生秘話や銀河釉 玉峰窯と猫との絆、さらに“銀河釉”を生み出した亡き父・中尾哲彰さんについて、中尾家の皆さん(息子・真徳さん/娘・優理さん/母・知佳子さん)に語ってもらった。
猫×伝統工芸という新しいコラボレーション

ピースニャンコの運営母体「ピースウィンズ・ジャパン」では、様々なプロジェクトが展開されている。国際人道支援や国内災害支援、動物保護活動、地域創生事業……。そのひとつが、「ピースクラフツSAGA」による、佐賀の伝統工芸支援だ。
佐賀県には伊万里焼・有田焼をはじめ、多様な伝統工芸がある。その作り手を支援する「ピースクラフツSAGA」が仲立ちとなり、今年4月の「2025有田陶器市」にて“猫×伝統工芸”をテーマにした、ピースニャンコのチャリティーイベントが開催された。
そこに参加した窯元のひとつが、武雄市にある窯元・銀河釉 玉峰窯。
7~8年前から母・知佳子さんが作り始め、今では「ねこシリーズ」と名付けられている、猫をモチーフにした作品群。その新作「ねこ丸豆皿・ネルソンタイプ」は、このイベントの場で、ピースニャンコとのコラボ作品として発表されたのだ。
黒猫ネルソンの“いつもの姿”

コラボ作品の制作に取り掛かったのは、まだネルソンくんがモフモフだった真冬の頃。知佳子さんが丸くなったネルソンくんをスケッチし、リアルさと作りやすさのバランスを考え抜いた。息子・真徳さんも娘・優理さんも「うちでいちばんよく見るシルエット!」と太鼓判を押す仕上がりだ。
この皿の魅力のひとつが、立体的な“耳”がちょこんとついていること。
「お皿の面にとんがった耳があるのも、作りやすさや使いやすさとしては『どうかな?』と思ったんですが、やっぱりそこに耳があるのが自然な形だし、“Joyful(楽しさ)”と受け取ってもらえたらいいのかなと」(知佳子さん)
もちろん焼き物としては、「耳の部分を作って、お皿にくっつける」という工程が加わるので、手間は増える。釉薬も頂点は薄くなって剥げやすくなる。それでもチャレンジしたという言葉には、「猫好きな人なら、きっとこの形を喜んでくれる」という愛猫家への信頼が滲んでいる。
銀河釉 玉峰窯がこういう形でコラボするのは、少なくとも真徳さんが知る限り、初めてのこと。国内外に多くのファンを持つ窯元が、なぜピースニャンコとのコラボに応じてくれたのだろう。
「我が家はずっと猫と暮らしてきて、猫のおかげでSNSでもバズって、その恩返しをできたらなと思ったんです。ちょうどうちとしても、父ひとりで作っていた形から、自分や母も含めた複数人で作る体制に変わったので、量を作れるようになってきたのもありますね」
猫を愛し、猫と歩んだ人生

元々中尾家は、祖父母の代から猫を飼い続けていたほど、猫好きな一家。猫を保護した友人知人やご近所さんから相談されることや、「もらってくれないか」と頼まれることも多いのだそう。そうはいっても、中尾家のキャパシティにも限りがある。
「子どもの頃からそういう環境だったので、自然と保護猫カフェに行ったり、TNR活動の助成金について調べたり。だからピースニャンコさんの、様々な形で寄付を集めて、保護団体を継続的にサポートするという活動は、すごく大事なことだと思いました」(優理さん)
中尾家に猫がいなかったのは、優理さんが誕生する前後の、わずかな期間だけだったのだとか。
「どの写真を見ても大抵猫が写っていて、父の写真を整理していても猫がたくさん写っていて。父の人生は、猫と歩んだ人生だったなと思います」(優理さん)
銀河釉に込められた人類へのメッセージ

闘病の末、今年3月に他界した父・哲彰さんは、世界各国で数々の賞を得、海外の美術館に作品が収蔵されているほど高名な陶芸家。と同時に、哲学や社会科学に深い造詣と学識を持ち、若い頃は学者を志していた人物でもある。彼が学問と陶芸を通して生涯探求したのは、“異なる価値観同士の争いをどうすればなくし、平和を実現できるか”という普遍的なテーマ。
「星空から見れば、国境線なんて見えない」
そのメッセージが形になったのが、彼の代名詞とも言える釉薬“銀河釉”だ。哲彰さんが30代で網膜剥離になり、失明の恐怖に襲われたときに脳裏に浮かんだのが“夜空の星々”のイメージ。同じように絶望の暗闇にいる人々に、この希望の光を届けたい。その一心で、十数年もの歳月をかけて研究し、作り上げた。
銀河釉は、様々な金属成分が高温で結晶化することで、独特の星のようなきらめきを生み出す釉薬。偶然と計算のあいだで揺れるその光は、まさに“焼き物でつくる宇宙”だ。哲彰さんは研究を重ね、季節の名を冠した5色の銀河釉――春、夏、秋、冬、そして睦月を生み出した。
教科書通りに焼いたほうが失敗する釉薬

息子の真徳さんは、この釉薬を扱い始めて、約2年。
「いろんな本も読んで、知識も身につけましたが、銀河釉はむしろ“教科書通りに焼いたほうが失敗する”なんてことが起きるんです。だから知識じゃなくて、自分のデータと経験を積み重ねていくしかないと腹を括ってからは、徐々に良くなってきました。それでも、窯の半分くらいはうまくできなかったりしますね」(真徳さん)
窯の温度、焼く時間、窯の中に積む位置、隙間の空け方。釉薬の濃度、かけた釉薬の厚み、さらにその日の天候。他にも様々な要素が絡み合って、唯一無二の輝く星が生まれるのだ。
「宝石などの鉱物は、地球内部のすごい圧力と熱によって生まれるわけですよね。銀河釉は、それを窯の中で無理やり起こしているようなもの。だからどこにどんなサイズで結晶が現れるかは、焼いてみないとわからない。ランダム性が高い模様なので、ひとつとして同じものはないし、それを良さと思っていただけたら」(真徳さん)
“何を伝えるか”まで受け継ぐという覚悟

「父の想いは、焼き物が語ってくれている。そういう表現方法を選んだ人だと思います」(真徳さん)
論文や著書ではなく、焼き物という表現を選んだ父。それを受け継ぐのは、生半可な気持ちではできないことだろう。まして真徳さんは大学院で、父と重なるテーマを研究している。
「だからこの釉薬を受け継ぐという以上に、“これを通して何を伝えるか”という部分を受け継いでこそだと思うんです。焼き物の技術と、そこに込める想いや思想。それを両立するには、もう相当頑張らなくちゃいけないなと。大変ですが、銀河釉だけ扱えるようになっても、その先の道に迷う気がするんですよね」(真徳さん)
“生きる”ということを最後までやりきった父

高名な陶芸家で、哲学と社会科学の学者で、たゆまぬ努力を重ね続けた忍耐の人。それでいて哲彰さんは、決して気難しい父ではなかったと、優理さんは言う。
「父は『大丈夫、何とかなる』が口癖で、私たちの悩みにもいつも『何とかなる』と言い続けてくれました。ずっと言い続けられると、根拠がなくても、不思議と『何とかなるんだろうな』と思えてくるんですよね」(優理さん)
哲彰さんのもうひとつの口癖は、「大丈夫、人類の歴史はまだ400万年しかない。これからだ」。彼はどんなに悪いニュースが流れても、挫けてしまいそうな現実を見ても、人類の未来に対して常に希望を持っていた。
「私はちょっとした幸不幸の一つひとつに影響を受けてしまうけど、父は人類や宇宙というスケールで見ていました。若い頃は反発もしましたが、外に行けば行くほど、いろんな人に会えば会うほど、父のすごさを実感します。
父は闘病中も、ブレない精神を持っていて、底抜けにポジティブでした。最後の最後まで諦めずに、いろんな人の力を借りて、自分の生をまっとうした。多くの人は『迷惑をかけずに死にたい』と思うけど、父は最後まで一途に生き抜いて、“人が生きて死んでいくこと”の意味を私たちに教えてくれました。それって本当にすごいことだし、父だからできたことだと思うんです。私にとって父は、永遠の憧れです」(優理さん)
猫も、人も、幸せになるために生まれてきた

保護猫活動の世界には、様々な厳しい現実がある。絶望してしまいそうなことが、次々起きる。そんな暗闇の中で、せめて自分の手が届く範囲だけはと、懸命に灯りをともす人々がいる。
そんな世界と、どんな闇の中にも輝く星を手渡そうとしてくれた人が遺した作品が、こうして繋がったことは、なんだか運命的だ。
「うちには猫が好きなフォロワーさんがたくさんいるので、そういう方々に『焼き物屋さんも、こういう形で猫のために貢献できる』と知ってもらえましたし、より多くの方に『猫のために、自分にもこういうことができるんだ』と知ってほしいなと思います。
そしてこの丸皿が、手に取ってくれた方にとって、日常を楽しくするものになったらなと。うちの器は、猫が1匹1匹違うのと同じように1個1個違うので、それを愛でて、長く使ってくれたら嬉しいです」(真徳さん)
「人も猫も一緒に生きて“幸せだな”と思えるような、楽しいものを作っていけたらいいですね。猫も人も何でも、幸せになるために生まれてきたんですから」(知佳子さん)
その願いの星を宿した猫は、ピースニャンコを通して全国へ届き――今、猫を愛する人の手の中で輝き始めている。
取材・執筆 熊倉久枝
編集者、ライター。編集プロダクションを経て、2011年よりフリー。インタビュー記事を中心に、雑誌、WEBメディア、会報誌、パンフレットと多様な媒体の企画編集・ライティングに携わる。ペットメディア歴は、10年以上。演劇、映画、アニメ、教育などのジャンルでも活動。
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