猫嫌いな人こそ、地域を変えるキーパーソン。「ねこみね」代表・中村静子さんインタビュー
「TNR活動って“映え”ないんですよね(笑)」
笑いながらそう語ってくれたのは、佐賀で保護猫活動を行っている「ねこみね」代表の中村静子さん。県東部の上峰町・みやき町でTNR(Trap・Neuter・Return)活動を行っており、個人からだけでなく、行政経由の相談も受けて、精力的に活動している。
保護猫活動というと、保護や譲渡を思い浮かべる人が多いかもしれない。けれどTNR活動(地域猫活動)も、重要な活動のひとつ。野良猫を増やさないことは、保護が必要な猫を減らすことにつながっていくからだ。そのTNR活動の現場について、話を聞いた。
早朝4時に始まる、猫たちとの一日

8月下旬のある日、中村さんが起床したのは早朝4時。まだ離乳前の仔猫を保護しており、数時間おきにミルクが必要なためだ。といっても、4月・5月にも哺乳が必要な子猫を保護していたそうで、「6月頃からやっと、朝まで寝れるようになったんですが……」と笑う。
仔猫にミルクを飲ませた後は、自宅の犬猫たちのお世話が待っている。事故で下半身が動かない子、脚の一部が欠損している子、自力で排泄が難しい子など、特別なケアが必要な子も多い。
食事の準備、トイレ掃除、服薬にオムツ交換。排泄補助が必要な子もいる。世話をひと通り終えたら、捕獲器を持ってTNRのための捕獲へ。
「捕獲した猫とともに、8時半に出勤しました。自営業なので出来ることですよね」
さらにその後、一度仕事を抜けてシェルターに行き、保護している猫たちや前日に捕獲して隔離している猫たちのお世話。普段はボランティアさんが交代で担当してくれているが、この日はたまたま、予定が合わなかったらしい。
「この時点で今日は『もう疲れた~』と思いましたね、さすがに(笑)」
「肩の荷が下りた」その言葉が原点になった

中村さんが保護猫活動を始めたのは11年前。会社の敷地内に来ていた野良猫が、仔猫を産んだことがきっかけだった。当時相談した団体からTNR活動の団体を紹介され、初めて捕獲・手術・リターンの一連を経験した。
そこでふと、猫がたくさんいるおじいさんの家が近所にあることに気付く。
「話してみたら手術してほしいということで、お手伝いしたんです。無事に手術を終えたら、『これでやっと肩の荷が下りた』って。それを聞いて、もっとやってみようかなと思ったのが、始まりでしたね」
繁殖力が強い猫の保護活動において、避妊去勢はいわば一丁目一番地。望まれない生命を増やさないため、TNR活動は行政が推進するほど重要な活動だ。しかし、他にも様々な保護猫活動のスタイルがある中で、なぜ中村さんはTNR活動をメインにしているのだろう。
「私、不安神経症なところがあるので、保護がちょっと苦手なんですよね。頭数を抱えすぎると、『自分に何かあったらどうしよう』と不安になってしまうんです。譲渡も、幸せに暮らしているかなと心配になってしまう。だから毎回完結できるTNR活動が私には向いてるし、無理なく続けられるスタイルなんです」
TNR活動ってどう進めるの?

活動の起点となるのは、住民や行政からの相談だ。相談を受けたら猫たちがどこで餌をもらっているかを聞き取り、現地で事前調査。どういう環境で、何頭くらいいるのか。餌やりをしている人はどういう状況で、どんな苦情が出ているのか。ここで同じエリア内に別の餌場が見つかることもあるため、地域を回って話を聞くことが重要になる。猫たちの行動範囲を把握して、全頭を捕獲することが、TNR活動の成功には必要なのだ。
おおよその頭数がわかったら、手術日に合わせて助成金の申請書を行政に提出。手術は毎月、TNR活動に理解があり、遠方から来られている獣医師の予定に合わせて行われる。一般の動物病院の手術費では、行政から出る助成金を大幅に上回ってしまうためだ。
その手術日の2日ほど前から捕獲を始め、手術を行い、元の場所へリターン。その数日間、猫たちはシェルターの隔離部屋で安全に過ごす。
こうして中村さんは、昨年だけで200頭以上のTNRを行った。
誰もが声を聞いてほしいだけ

捕獲に入る前に欠かせないのが、地域への周知だ。捕獲日や捕獲場所に加えて、TNR活動の目的や餌やりのマナーについても書かれたチラシを、餌場がある地域に配布。「この日は飼い猫を外に出さないで」「手術した猫は耳先をV字にカットしているので、今後は優しく見守って」と、一軒一軒お願いして回る。
「お留守のお宅はポスティングにしますが、猫除けが置いてあるお宅や苦情を言ってこられたお宅には、積極的に行くようにしています。地域猫活動って、猫が嫌いな方に理解してもらわないと、絶対成功しないんですよ」
猫嫌いの人に頼みに行くのだから、厳しいことを言われ、長々と文句を言われることもある。最初から怒鳴ってくる人、自分の生い立ちから話し出す人、行くたびに2時間は帰らせてくれない人……。それでも中村さんは、どんな人に対しても、とにかく最後まで話を遮らずに聞き続ける。
「そうするとちょっと気持ちが落ち着いて、『あんたに言ってもしょうがないけんね』と言ってくれることがほとんど。『困っていたんだよ』というのを聞いてほしいだけなんですよね」
猫嫌いな人こそ、地域を変えるキーパーソン

中村さんによれば、猫嫌いな人の多くは“猫で困っている人”なのだという。そういう人こそが、地域猫活動のキーパーソン。困っている人のほうが協力してくれることが多く、仔猫が増え始めたときにもすぐ知らせてくれるのだ。
「それにリターンするなら、それまでより穏やかに過ごせる環境にしてあげないと、手術した意味がないと思うんです。これ以上猫が増えないようにして、猫たちが地域と共生することを目指して手術するんですから。保護ではなくリターンするからには、猫嫌いな人も受け容れてくれる環境を整えてからでないといけない。そのためにこうして地区を回っています」
それまでは猫に攻撃的だった人が、「ああ、耳をカットしてる猫なら仕方ないか」と見逃してくれる。猫に対する地域の目が、少し優しくなる。それだけで、地域で生きる猫の暮らしは、大きく変わるのだ。
「佐賀ニャンプロジェクト」でつながった絆

中村さんとピースニャンコの出会いは、今年7~8月に実施された「佐賀ニャンプロジェクト」。ピースニャンコと運営母体を同じくする佐賀の伝統工芸支援事業があり、そこから佐賀の保護猫団体との繋がりが生まれ、プロジェクトが立ち上がったのだ。
本プロジェクトの内容は、協力病院で保護した猫の初期医療&避妊去勢手術を行い、その費用をピースニャンコが全額負担するというもの。他にピースニャンコに実現してほしい支援があるか尋ねてみると、中村さんからは意外な答えが返ってきた。
「法律知識の勉強会を開催してほしいんです。地域を回っていく中で、法的な知識をもっと身につけておきたいと思うことが多いので」
そしてもうひとつは、TNR活動をする人が広まるような働き掛け。
「活動してくれる方が各町にひとりいたら、猫たちの状況は大きく変わると思います。実際に捕獲するところまで行かなくても、状況を把握して、近隣の方から話を聞いてまとめてくださるだけでも、全然違う。そういう方が増えてほしいですね」
誰もが、町の猫たちの未来を変えられる

活動の仲間が増えることはもちろんだが、それ以前に「TNR活動・地域猫活動の大切さが広まってほしい」というのが、中村さんの大きな願い。
「この活動は単調で地味なので、SNSなどで発信してもなかなか注目されませんが、本当に大切な活動。『捕獲器に入っている姿がかわいそう』と言われることもありますし、リターンではなく保護してほしいと思われるのも、自然な気持ちですが……」
とはいえ、今すぐに外で暮らす猫をすべて保護して、全頭に里親を見つける――というのは、現実問題として難しい。だからこそ、TNR活動で徐々に野良猫を減らして、今はとても無理に思える“全頭保護”が可能な状況に、近付けていくしかないのだ。
「外で暮らしている猫たちが手術を受けることで、少しでも穏やかに生活できるようにするのが、私の目標です。“映え”ない活動ですが、自分に出来る範囲で、地道にこれからも続けていきます」
その地道な歩みこそが、猫たちを救う確かな一歩。そして、地道だからこそ、そこに住まう誰もが少しずつ関われる。例えば、外猫を見掛けたら、その行き先を気に掛けてみる。猫のことで困っている人がいたら、耳を傾ける。猫が嫌いなご近所さんには、笑顔で挨拶を。
猫と人とが穏やかに暮らせる町は、きっと、そんな小さな関わりの先に広がっている。
取材・執筆 熊倉久枝
編集者、ライター。編集プロダクションを経て、2011年よりフリー。インタビュー記事を中心に、雑誌、WEBメディア、会報誌、パンフレットと多様な媒体の企画編集・ライティングに携わる。ペットメディア歴は、10年以上。演劇、映画、アニメ、教育などのジャンルでも活動。
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